国木田独歩「牛肉と馬鈴薯」明治34年11月 [国木田独歩]

さて、今回は独歩の「牛肉と馬鈴薯」のあらすじをご紹介したいと思います。
独歩と言えば、「武蔵野」か「牛肉と馬鈴薯」が有名、
というか、文学史に載っているのはこの二作品くらいしかないと思います。
とは言え、「牛肉と馬鈴薯」を読んだことがあるという人は、
あまりいないのではないでしょうか。

最近の若者(こういう言い方は好きではないのですが)は、
「馬鈴薯」が何だか知らない人も多いようですが、
「馬鈴薯」とは「じゃがいも」のことです。
つまり、「牛肉と馬鈴薯」とは「Beef & Potates」という意味なのです。
何だかとても美味しそうなタイトルですが、
どのような内容なのでしょうか。
さっそく見ていきたいと思います。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
かつて、芝区桜田本郷町に明治倶楽部という名の洋館があった。
ある年の冬、明治倶楽部の二階に男が六人集まっていた。
北海道炭鉱会社の社員・上村(かみむら)を筆頭に、
竹村、綿貫、井山、松木、近藤の六人だ。
そこに一人の男が尋ねてきた。
文筆家としてそれなりに世に知られた岡本誠夫である。
岡本が六人のいる部屋に入ってきたとき、
六人は人生観について議論していた。
議論の中心にいる上村は、次のように言った。
「理想と実際は一致しない、果して一致しないとならば、
 理想に従うよりも実際に服するのが僕の理想だ。
 理想に従えば、芋ばかり喰っていなきゃアならない。
 ことによると、馬鈴薯(いも)も喰えないことになる」
これ以降六人は、理想主義を馬鈴薯党、
現実主義を牛肉党として話を進めていく。

上村が牛肉党を標榜するには理由があった。
現在三十五歳の上村は二十二歳で同志社を卒業したが、
同志社にいたころは熱心なキリスト教信者で、
北海道移住に大きな希望を抱いていた。
北海道を開拓して生活することこそ自由の獲得につながる、
そう思っていたのである。
特に、上村は北海道の冬に憧れを抱いていた。
「クリスマスと来るとどうしても雪がイヤという程降って、
 軒から棒のような氷柱が下っていないと嘘のよう」な気がしていたのだ。

同志社を卒業した一年後、
上村はついに北海道に移住し、十万坪の土地を手に入れた。
ところがわずか二ヶ月後、共に移住し、共に開墾事業に打ち込んでいた仲間・梶原が、
開墾を断念し、本土に戻ってしまった。
一人残された上村は開墾を続けたが、
それから三ヶ月後、冬の到来を前に北海道を去ることになった。
話し相手のいない孤独さ、米と芋しか食べるもののない貧しい食生活に
限界を感じたためである。

このような経験から、上村は金を稼ぎ、うまいものを食い、
気の合う仲間と集う生活の方がいいという結論に至ったのである。

上村の話を聞いていた綿貫は上村の話に同意するが、
近藤は、上村は馬鈴薯党から牛肉党に変節したから薄志弱行だという。
そして、近藤自身は主義で牛肉を食うのではなく、
ただ好きだから牛肉を食うのである、
「主義でもヘチマでもない」という。

六人の話を聞いていた岡本は、
「世の中の主義って言う奴ほど、愚なものはない」と言う。
そして、牛肉党か馬鈴薯党かという問いに対し、
自分は理想を奉ずることも、肉欲をもって充足することもできない、
と答える。
岡本が牛肉党にも馬鈴薯党にもなりきれないのは、
「不思議な願い」があるからだと言う。

その「不思議な願い」とは何かと近藤が尋ねると、
岡本はかつて一人の少女と相思相愛の関係であったと話し始める。

岡本が相思相愛の関係にあったのはお栄という少女である。
二人は互いに強く惹かれていたが、
お栄の母親は二人の交際を快く思っていなかった。
ある晩、二人の交際を牽制するような母親の言葉に対し、
お栄は「母の言葉を気にして私を見捨ててはいけない」と、
蒼白い顔で目に涙を浮かべて言った。
そんなお栄の様子を見た岡本は、
近いうちにお栄が死ぬのではないかと思う。

お栄が死ぬことなどない、そう自分に言い聞かせながら夜道を歩いていると、
岡本は首を吊って死んでいる女の死体を発見する。
まさかお栄では?! と思うが、
それはお栄ではなく、
兵士の子を妊娠したものの、兵士が国に帰ってしまったために
絶望した十九歳の女だった。
岡本の心配は杞憂だったようで、
翌日以降もお栄の様子は特に変わることはなかった。

お栄と交際していた当時、
岡本も上村同様、北海道移住に夢を馳せていた。
岡本の場合は、お栄と二人で移住することを夢見ていた。
岡本は移住の資金を調達するためにいったん国に帰ったが、
十日でお栄の元に戻るつもりが、
手続きに手間取り二十日も掛かってしまった。
そんな中お栄の母親から電報が届き、
慌てて岡本が帰京すると、お栄は死んでいた。
こうして岡本の希望は水の泡となってしまったのだった。

岡本の過去を聞いた近藤は、
岡本の恋人が死んだことをむしろ祝すと言う。
恋人が死んでなければ、もっと悲惨な結末になっていたはずだと言うのである。
近藤によれば、欠伸には「二種類の欠伸」があるという。
一つ目は「生命に倦みたる欠伸」、
二つ目は「恋愛に倦みたる欠伸」である。
「生命に倦みたる欠伸」をするのは男で、
女は「恋愛に倦みたる欠伸」をするという。
つまり、女は恋愛に飽きやすいので、
相思相愛のまま女が死んだのは、むしろ喜ぶべきだと言うのである。

さらに、近藤は岡本に向かって、
「不思議な願い」とは「死んだ少女に会いたい」ということかと尋ねるが、
岡本は「NO!」と否定する。
岡本は、確かにお栄の死は悲しむべきことで、
もう一度お栄に会いたいと何度も思ってはいるが、
しかし自分の抱いている「不思議な願い」はそれではない、という。

岡本は、自分の「不思議な願い」が叶いさえすれば、
お栄が復活しなくても構わないとまで言う。
岡本は、この「不思議な願い」を叶えるためならば、
殺人や放火といった罪を犯しても後悔はしないという。
聖人や神の子になるよりも、「不思議な願い」が叶うことを望む、
岡本はそう断言する。

岡本の言葉に、
話を聞いていた六人はその「不思議な願い」が何かを知りたがる。
期待に胸を膨らませていた六人だったが、
岡本の答えは
「喫驚(びっくり)したいというのが僕の願なんです」と答える。

あまりに拍子抜けの答えに、
「馬鹿馬鹿しい!」との声も上がったが、
岡本は説明を続ける。
「即ち僕の願いとは夢魔を振るい落としたいことです!
 宇宙の不思議を知りたいという願いではなく、
 不思議なる宇宙を驚きたいという願いです!
 死の秘密を知りたいという願いではなく、
 死という事実に驚きたいという願いです!
 むしろ、この使い古した葡萄のような眼球をえぐり出したいというのが
 僕の願いです!」

綿貫は呆れて、「いくらでも勝手に驚けばいいじゃないか」と言うが、
岡本は「勝手に驚くことはできない」という。
人は生まれてから様様な経験をする。
最初は驚くべき対象だったことでも、
次第に慣れてしまって驚くことができなくなる。
習慣(カストム)の力に支配され、色々なことに慣れ、感覚が鈍磨してしまうのである。
岡本は習慣の圧力から逃れ、驚異の念をもって宇宙に俯仰介立したい、
そう思っているのである。

このような願いを持っている岡本にとって、
牛肉党か馬鈴薯党かという問題はどうでもいいことだ。
岡本は人間を「驚く人」と「平気な人」の二種に大別する。
そして、自分も含め、世界中の人の大半が「平気な人」であるという。

岡本は昨晩、自分が死ぬ夢を見て、
夢の中で「まさか死ぬとは思わなかった!」と叫んだ。
人は友人や親類の死に接することがあるが、
それでも自分が死ぬことを現実的なものとしては捉えていない。
大抵の人が「まさか死ぬとは思わなかった!」と思うのである。

綿貫は、「わざわざ喫驚したいなんて物好きだね」と言って笑い、
それを受けて岡本も、
「僕も喫驚したいとは言っているけれど、単にそう言っているだけですよ、道楽ですよ」と言って笑ったが、
その顔に何とも言えない苦痛の色が浮かんでいるのを、
近藤は見逃さなかった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

いかがでしょうか。
なかなかまとめるのが難しい物語です。

まず、北海道移住についてですが、
明治政府は明治維新以降、北海道の開拓を重視していました。
それは、ロシアの侵攻に備えるという軍事的な意味もありましたが、
北海道には石炭や木材といった天然資源が豊富だったため、
それを活用するという目論見もあったからです。

北海道には、明治8年に札幌農学校が開設され、
初代教頭としてウィリアム・スミス・クラークが招かれました。
「Boys, be ambitious」で有名なクラークさんです。
クラークさんは熱心なキリスト教信者だったので、
札幌農学校の生徒たちにキリスト教に基づいた道徳教育を与えました。
クラークさんが退任した後も、
札幌農学校ではクラークさんの意思を引き継いだ教育が行われました。
クラークさんの教えを受けた札幌農学校第一期生は全員、
キリスト教信者になったというから、
クラークさんの影響力は相当なものだったようです。

そういうわけで、
北海道開拓とキリスト教徒は密接な関係があるのです。
実は、国木田独歩もまた、北海道移住を夢見ていた青年の一人であり、
熱心なキリスト教信者でもありました。
独歩は、大恋愛の末結婚した佐々城信子とともに北海道移住を夢見ていたのですが、
信子との結婚生活が数ヶ月で破綻したため、
北海道移住は実現しませんでした。

あれ、このブログ、こんなに詳しい解説書くブログじゃなかったっけ!

北海道移民の生活がどれくらいハードなものだったかは、
こちらのサイトに書いてありますので、
興味のある方はご覧下さいね。

あ、あと、
ところどころ、登場人物の台詞を引用していますが、
正確な引用ではなく、分かりやすく書き換えている部分もあります。
悪しからずご了承下さいませ。

では、この辺で失礼したいと思います。



牛肉と馬鈴薯・酒中日記 (新潮文庫 (く-1-2))

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↓注釈の詳しさだとこちらがオススメですが、古本しかないのでお値段はっちゃいますねー。

日本近代文学大系 10 国木田独歩集

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